読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

製作日記12/3

製作している時に他の情報、特に音楽を遮断するのは僕にとっては良いらしい。自分が作るものに対して迷いがなくなった。もちろんどういうアレンジにしようとか、メロディはこのままでいいのかとか、悩むことはいろいろあるけど、他の人の曲と比較して、もっとノリのいい曲を書かなきゃとか、もっと胸に刺さりそうな奇をてらった言葉を使ったほうがいいんだろうかとか、そういう迷いと決別することができた。もちろん最初からすべてを拒絶しては決して良いものは生まれないと思うけど、ある程度無作為にいろんなものを飲み込んだ上で、鎖国して、自分に中に残ったもので作り上げる、というのはいまの僕のスタイルに合っているように感じる。

 

理想というのはいつも数段高いところに合って、それがちょっと努力して手に届くようなものならいいけど、自分の努力できる時間は有限で、すべての可能性を調査した上で石橋を叩いて進むことなどもう僕にはできない。これだと決めて駆け抜けなければならないタイミングが大なり小なりあって、今回のアルバムはそういうタイミングなんだと思って突っ走っている。

 

今回収録する多くの曲は、構成上奇をてらったもののない、オーソドックスな構成を持つものが多い。ABサビ、ABサビ、間奏、Cサビ。前作『(23)』では逆にオーソドックスな構成の曲はほとんどなかった。「はせんのうた」「指先」「サイレンを待ちながら」「2:46」「雨が雪のように降る」のどれもが通常のポップスの構成とは異なっている。これらを作った時は奇をてらおうと考えて作っていたのではなく、音楽的実験を思う存分やってみたかったからだったと思う。今回そういう曲がないのは、いくつか理由があると思うんだけど、ひとつは、ど直球ポップスで勝負したかったということ。そこに至るまでにはいろいろな考えがあったけど、結局はまず自分がこれまでもずっと聴いてきて、今後も聞き続けるである日本の音楽の系譜の中で、どれだけのものが作れるのか、ということに挑戦したかった。その先には誰かに曲や詩を書きたい、という作家としての希望がありつつ、誰かのを書く前に自分がいいと思うものを作れなくちゃダメだと思ったからだ。もうひとつの大きな理由は、『(23)』にあるようなオリジナリティ(というと聞こえはいいけど、自分のの狭い世界の中で盲目的に自由に作ったものとも言える。それはそれでいいし、後悔もしていないけど、それをオリジナリティと一言でまとめてしまうことには違和感がある)のある(あるのかと言われればどうなんだという気もしてきたがどのジャンルにもはまらない音楽ではあったと思う)楽曲を作ろうとしても、作れなかったからだ。2013年ごろからウケる曲を書きたいという気持ちが強くなっていった。それは仕事をする中で、はやく音楽で稼ぎたいという気持ちがあったからだと思う。焦るあまり、上辺のポップスを作って、その中でこれまでの自由な作曲を忘れてしまっていったような気がする。作りたくても作れなくなった。作りたくても作れなくなったのと同時に、ポップスで勝負しようと思っていた気持ちもあったから、そこに突き進むことになった。『(23)』のポップスの領域を深堀りしていった感覚もある。もっと実験的なことをどんどんしてみたいという気持ちも同じくらいある。早くいまのアルバムを完成させて、次のものに取り掛かりたい。今回の次はとても実験的なものにしたい。したい。したい。書いてたら早く作りたくなってきた。まだ今回のアルバムも作り始めてばかりなので、まずはクオリティの高いものを、丁寧に作っていきたい。

 

今日はこれから吉祥寺に戻りいろいろ事務的なことをこなした後、「DAWN」の続きを打ち込んでいきたいと思います。がんばります。